お弁当@運動会

白組応援オニギリ

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そして久しぶりにサンドイッチ作った。

美味しさ再発見。

お手軽だし、栄養バランスも最高カモ。

 

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チーズはゴーダのスライス。

マスタードをつけて頂きます。

 

 

キャラ弁なるもの

ロボにゃん

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ポケモン

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⬆⬇おにぎり:パパ作
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キン肉マン

 

パパ、絵心があるなと

常々思っていたけど、

すごいよ、あなた。

 

 

※衛生面、細心の注意をはらってます。

 

 

花束を君に

 

拝啓 宇多田ヒカル

 

ありがとう。

言いたかったことがこの中に全部ありました。

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

はじめてのサマーキャンプ


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こんな巨大なバック持てるのだろうか

中に入ってるもの
必要なときに必要なものを
取り出せるだろうか

いろいろ心配になってきた
はじめてのサマーキャンプ前夜です


ひとつひとつ持ち物に名前を書いて
下着や着替えはそれぞれ使う日毎に
ジップ袋に入れて、日付を書きました

これとは別にサブリュックもあって
お弁当、水筒、お菓子 
筆記具、懐中電灯...

どこに何が入っているかを
イラストと文字で描いた
持ち物地図も書きました

どうか無事でありますように
迷子になりませんように
おともだちたくさんできますように

可愛い寝顔に願いを込めます

3歳の中では。。。

母が亡くなり、間もなく3週間。

寂しい気持ちに無理に蓋をしては体に毒。
今のところ上手く過ごせていると思います。

さて、今夜の話です。

子ども達の耳掻きをしながら、お母さんも誰かに耳かきしてもらいたいな。と、母を思いながらいうと、察したおーたんが、S子さん(母の名前。わが家はNameCallなのです)にしてもらったの?といい、それを聞いたTくんは、あ、S子さんって赤信号守らなかったから死んじゃったんだよね。と突拍子もないことをいい、みんなで驚き、笑い、なんだかはじめて家族っぽい会話を子どもたちとした気がします。

小さな幸せで十分贅沢。
どうかときどきこんな夜がまたありますように。

母のぬくもり

駅に着くと姉が待っていた。
顔を見ただけで泣きそうになる。

堪える。

車のなかであれよあれよと呆気なく母が最期を迎えたことを聞く。

実家に着くと、葬儀屋が帰るところだった。
近所の人と親戚が葬儀の段取りを決めていた。

挨拶しなくてはと思うが、声を発したら崩れそうで発せられず。

頭だけ下げて奥座敷へ向かう。

白い布が顔に掛けられ横たわる人が母なのだろう。
顔が向く左側に座り布を外す。

涙が溢れたのは、悲しみよりも、あまりにも安らかだったから。
10年ぶりに我が家に帰ってきた母。
良かったね。と思った。

頑張ってくれてありがとう。
お陰で私は、元気な間に何一つ親孝行はできなかったけど、2人の孫の顔を見せることができた。
子育ての苦労を知り、あなたの愛情の深さを、凄さを知り、心から尊敬し、感謝の言葉を伝えることができた。
それはほんの数ヵ月前のこと。

素直になるまで、待っててくれたの?
ありがとうを言えたから、私は明日も生きていける。ありがとう。ありがとうお母さん。ありがとう。

頬を触ると生きてるみたいに柔らかい。
お腹にのせたドライアイスが重いんじゃないか。今にも目が開きそうなただ眠っているだけのような、しっかりとした体温。

腕をさわってみる。
柔らかい。
ずっと病気でこわばっていた両腕も、健常者のように柔らかい。

でも死んでるんだね。
でも怖くない。全く怖くないんだね。

母は長い間入院していた。
お世話になった看護師さんはたくさんいる。

亡くなって、処置室で、看護師がかなり長いこと母の身なりを整えてくれていたそうで、多分、最期に入浴か、体を丁寧に拭いてくれて、綺麗にお化粧してから引き渡してくれたとのこと。
同業の看護師の姉が言うのだから、よほど丁寧だったのだと思う。

感謝しています。
たくさんの方に支えられた闘病生活15年、入院生活10年。
絶望から這い出たのは出産してからで、今は今を大切に思えるようになった。

皆が帰り、遺影の写真を姉妹で探す。

懐かしい母の笑顔。
今の自分より若い母。

ごめんね。
私はいい娘ではなかった。

あなたともっと話せば良かった。
もっと一緒に旅行をしたり、ショッピングをしたり、お料理したり。
もっともっとあなたのことを知ろうと、なぜあの頃の私は出来なかったのだろう。

バカヤロウですね。

これからずっと後悔して生きます。他のことでもう後悔しないために。

あなたがくれた教訓。

守ります。

お休みなさい。

母亡くなる

覚えて置きたいんだ
だから書く

14時52分
死亡確認

昼に血圧低下の連絡

今までも2度の危篤を乗り越えた

今回もというきもち
今回はというきもち

1週間持たないかもという連絡が
朝あって
3日は持つのかな

Web検索する
いろいろだ

JRも京急も遅れていて慌てながら打ち合わせ場所に向かう
深刻に考えないことを選択している自分がいる

打ち合わせの終盤
長い着信のコール

出ようか、出まいか、悩む間も鞄の中で震え続ける電話

結局取らなかった

あのとき出ていればお母さんって声をかけられたのかな。
それだけが心残りとなった。

次の打ち合わせが終わってからすぐに向かえればと思っていたが、上司が帰ることを進めてくれた。

ありがたかった。

東京駅へ向かう途中、すこしだけ涙が込み上げた。

泣こうと思えばいくらでも泣ける
我慢しようと思えば我慢できる


悲しさと、母の苦しさを思えば、頑張ったから、本当に。
楽になって良かったという気持ちもどこかにある。

日進月歩の医療。
明日には新薬が、明日には画期的か治療法が。そう願って、奇跡を諦めきれなかった。
生きていれば、もしかしたら、元のように元気な姿に戻れるかもしれない。

生きていてくれるだけで、私は頑張れた。
心の依りどころだった。

会ったら何をどう伝えようか。

無で臨む。


母が大好きだったバラの花。
バラが咲き誇るこの季節に旅立った母を毎年バラの花とともに懐かしむ。

神様からの最後のご褒美。
ありがとう。